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東京地方裁判所 昭和42年(行ウ)71号 判決 1973年11月30日

東京都中央区銀座七丁目一七番一三号

原告

宮城株式会社

右代表者代表取締役

松岡美重子

右訴訟代理人弁護士

渡辺靖一

溝呂木商太郎

同都同区新富町三丁目三番地

被告

京橋税務署長

井沢隆之助

右指定代理人

青木康

武田正彦

須藤哲郎

小山三雄

門井章

木谷孟

右当事者間の青色申告書提出承認取消処分等取消請求について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

一  被告が原告に対し昭和四一年四月二八日付でした昭和三八年八月一日より昭和三九年七月三一日までの事業年度以降の青色申告書提出承認の取消処分を取り消す。

二  被告が原告に対し昭和四三年一二月一九日付でした昭和三八年八月一日より昭和三九年七月三一日までの事業年度分法人税の再更正処分および昭和四一年四月三〇日付でした重加算税賦課決定処分を取り消す。

三  被告が原告に対し昭和四三年一二月一九日付(同月二七日付で金額訂正)でした源泉徴収にかかる昭和三九年六月分の給与所得の所得税についての納税告知および不納付加算税賦課決定処分のうち、原告が同月松岡清次郎に対し二、四八七、五〇八円を臨時的給与(賞与)として支給したものとして計算した限度をこえる部分を取り消す。

四  原告のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

事実

第一申立て

一  原告

(一)  主文第一、二項と同旨

(二)  被告が原告に対し昭和四三年一二月一九日付でした源泉徴収にかかる昭和三九年六月分の給与所得の所得税についての納税告知および不納付加算税賦課決定処分を取り消す。

(三)  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

(一)  原告の請求をいずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

一  原告の請求原因

(一)  原告は、法人税の申告につき被告から青色申告書提出の承認を得ていたものであるが、被告は、昭和四一年四月二八日付で原告に対し、「法人税法第一二七条第一項第三号に掲げる事実に該当する」との理由のみを記載した通知書により原告の昭和三八年八月一日より昭和三九年七月三一日までの事業年度(以下、昭和三八事業年度という。)以降の青色申告書提出承認を取り消す処分をした(以下、本件取消処分という。)。

(二)  原告は、昭和三八事業年度の法人税について昭和三九年九月二六日被告に対し、所得金額一、四〇四、二九八円、法人税額四六三、三八〇円の青色申告書による確定申告をしたところ、被告は、昭和四一年四月三〇日付で原告に対し、所得金額を三、九〇四、二九八円、法人税額を一、三三三、五九〇円とする更正処分および重加算税額を二六一、〇〇〇円とする賦課決定処分(以下、本件重加算税決定処分という。)をし、その後昭和四三年一二月一九日付で所得金額を三、九二二、七一五円、法人税額を一、三四〇、三六〇円とする再更正処分(以下、本件再更正処分という。)をした。

(三)  被告は、昭和四三年一二月一九日付で原告に対し、源泉徹収にかかる昭和三九年六月分の給与所得の所得税についての納税告知および不納付加算税賦課決定処分をしたが、同月二七日付でその金額を一部減額訂正した結果、右給与所得の本税は一、〇二二、二八〇円、不納付加算税額は一〇二、二〇〇円となつた。(以下、本件源泉徴収決定処分という。)。

(四)(1)  青色申告書提出承認の取消通知書には、取消処分の基因となつた事実を特定しうる程度に具体的に示してそれが法人税法一二七条一項の何号に該当するかを記載しなければならないところ、本件取消処分の通知書には該当条項号のみが記載されており、具体的事実が記載されていないので、それは違法である。のみならず、原告には法人税法一二七条一項三号に該当する事実はないので、この点からも本件取消処分は違法である。

(2)  原告には、昭和三八事業年度において、前記特定申告にかかる所得金額一、四〇四、二九八円をこえる所得金額は存しないので、本件再更正処分および本件重加算税決定処分はいずれも違法である。また、本件取消処分が違法であることは前記のとおりでありそれは取り消されるべきであるから、本件再更正処分は青色申告書にかかる再更正ということになり、その通知書には再更正の理由を付記しなければならないのに、本件再更正処分の通知書には理由が付記されていないので、この点からも本件再更正処分は違法である。

(3)  原告には本件源泉徴収決定処分の基礎となつた事実は存しないので、同処分は違法である。

(五)  そこで、原告は、昭和四一年五月二五日本件取消処分等につき被告に対し異議の申立てをしたが、これに対し本訴提起時まで何らの決定も裁決もなされなかつた。

(六)  よつて、右(四)の各処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する被告の答弁および主張

(一)  請求原因(一)ないし(三)の各事実は認める。同(四)の(1)は争う。同(四)の(2)は本件再更正処分の通知書に理由が付記されていないとの点を除き争う。同(四)の(3)は争う。同(五)の事実は認める。なお、本件取消処分等についての原告の異議申立てはこれに対する被告の決定がなされなかつたため審査請求とみなされるに至り、東京国税局長は昭和四五年四月一五日付でこれを棄却する旨の裁決をした。

(二)  本件取消処分の適法性について

(1) 理由付記の程度

(ア) 不利益処分の理由付記の趣旨とその程度

(a) 法令が一定の行政処分についてとくに理由を付することを要求している場合があるが、その趣旨は、一般的には、最高二小昭和三八年五月三一日判決(民集一七巻四号六一七頁)が判示しているように、「処分庁の判断の慎重・合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を相手方に知らせて不服の申立に便宜を与える趣旨に出たものである。」と解すべきである。問題はこの場合における理由付記の程度であるが、この点について、右判決は、「どの程度の記載をなすべきかは、処分の性質と理由付記を命じた各法律の規定の職旨・目的に照てらしてこれを決定すべきである。」と判示している。

この判示は、まさに理由付記の程度は、画一的ではなく、個別的に、処分の性質あるいは処分の秘密規定に照らして決められるべきことを明らかにしているものである。

(b) 租税法の分野においても、青色申告書にかかる課税標準または欠損金額等の更正(法人税法一三〇条二項および所得税法一五五条二項)、異議申立てについての決定(国税通則法八四条二項および三項)、審査請求についての裁決(国税通則法一〇一条一項)等の特定の処分に限つて理由付記をすべきこととされているが、その程度については、右のとおり、それぞれについて個別的に決められるべきものである。

(イ) 青色承認取消処分の理由付記

(a) 法人税法一二七条二項の文理

(1) 青色申告書提出承認の取消処分(以下、青色承認取消処分という。)について、法人税法一二七条二項は、「税務署長は、前項の期定による取消の処分をする場合には、同項の内国法人に対し、書面によりその旨を通知する。この場合において、その書面には、その取消しの処分の基因となつた事実が同項各号のいずれに該当するかを付記しなければならない。」と規定し、同条一項において取消事由として具体的な事実をその類型ごとに各号に分けて別記している。

(Ⅱ) 右条文は、処分の理由付記に関する租税法の他の規定とその趣きを異にしている。

すなわち、青色更正処分の場合は、「更正通知書にその更正の理由を付記しなければならない。」(法人税法一三〇条二項、所得税法一五五条二項)と定められているが、理由を付記すべき旨を抽象的に規定しているのみで、その付記の程度についてはなんら規定していない。また異議決定および裁決の場合は、「異議決定書(または裁決書)には、決定(または裁決)の理由を付記し、・・・・右理由においては、その維持される処分を正当する理由が明らかにされていなければならない。」と定められており、理由付記の必要なことおよび理由付記の程度について規定しているが、その程度に関しては、青色承認取消処分の場合に比して具体性を欠き、抽象的である。

(Ⅲ) このように青色承認取消処分の場合については、法律は、明白に他の場合と趣きを異にし、理由付記の程度についてまで具体的に規定を設け、理由付記として必要な記載事項を明示しているのである。そして、その内容は、取消しの基因となつた事実がどの条項号に該当するのか、つまり該当条項号だけを記載すれば足りると規定しているのであり、理由付記の程度について法律によつてこれを明らかにしているのである。

(Ⅳ) 法律の解釈はいうまでもなく、条文の文理にしたがつて解釈すべきものであつて、条文の文理を離れた解釈は、法律の解釈の域をこえるものというべきである。法人税法一二七条二項において、「その取消しの処分の基因となつた事実が同項各号のいずれに該当するかを付記しなければならない。」と規定している文理は、素直に読んで、他の場合のように理由付記が要求されている立法趣旨をふえんして理由付記の程度について種々解釈を加えることを必要としているものでなく、法文のうえで理由付記の程度について記載すべき内容を明示しているものである。それは、具体的事実の記載を要求しておらず、該当条項号の記載だけで足りることを明らかにしているものである。

(b) 法人税法一二七条二項の立法経過

(Ⅰ) 青色承認取消処分の理由付記およびその程度に関する規定(改正前の旧法人税法二五条九項、現行法人税法一二七条二項と同趣旨)は、昭和三四年法律第八〇号による法人税法の改正の際初めて設けられたものである。

そこで、右旧規定の立法経過を述べて本件条項が該当条項号のみの付記をすれば足りるものとするためにとくに本件条項のような規定形式をとつたことを明らかにする。

(Ⅱ) まず、青色申告制度が旧法人税法にとり入れられた昭和二五年法律第七二号による同法改正の際には同法二五条八項の一号ないし五号の青色承認取消しに関する実体要件の規定とともに、同条九項の前段の手続要件に関する規定が設けられたが、同項後段の規定は設けられなかつた。

それと同時に、青色更正処分についての手続的要件に関する規定が設けられたが、これについては、当該法人に通知すべきことと、通知の書面に「その理由を付記しなければならない。」との規定が設けられた。

(Ⅲ) ところが、昭和三四年法律第八〇号による旧法人税法の改正の際、本件問題の条項たる同法二五条九項後段の規定が議員修正により設けられたのである。その経緯は次のとおりである。

右議員提案にかかる修正案なるものは、当時、前掲最高裁判決の一審判決(東京地裁昭和三四年二月四日判決、行裁例集一〇巻二号二八七頁)を契機として、青色更正処分の理由付記の問題が国税当局はもちろん国会筋でも取り上げられたのであるがたまたまその頃、所得税法・法人税法の一部改正が国会において審議中であつた。

かかる情勢下にあつて、昭和三四年二月一八日衆議員大蔵委員会税制並びに税の執行に関する小委員会(以下、小委員会という。)において、後に右議員修正案の提案者となつた衆議院議員奥村又十郎小委員が質問に立ち、右東京地裁判決に関連して政府に対し「青色申告書にかかる更正の理由付記がはなはだむづかしいなら、むしろ青色承認を取り消して白色申告として更正すれば(注、白色申告書に対する更正処分には理由付記を要しないから)、問題は解決されるのではないか。」と示唆された。そして同時に、青色承認の取消しが税務署側の恣意に流れることを防止し、納税者に不服申立ての道を開いておくために承認取消しの際その理由を知らしめるよう、条文の改正方を指摘された。

かくて一週間後の同月二五日の小委員会において再び奥村小委員が質問に立つたが、その質問内容は「・・・(青色承認を)取り消すについては当然理由があるに違いない。それは法律はちやんと規定しているけれども、取り消す通知にはその理由をつけなければならぬということを法律に明記することによつて、今度は不当に取り消された者が、税務当局に異議を申し立てられる道を開くことになるから、その意味においてやはり条文改正をしなければならぬ、かように思うのです。・・・」というものであつた。

これに対して、政府側では、金子一平設明員(当時国税庁直税部長)が設明に立ち、関係部局のこれに対する見解を次のように答弁した。「先生からお話のございました青色申告を取り消す場合の理由付記の問題でございます。御承知のように、青色申告の取り消し、これは任意裁量の問題ではございません。法定の条件が備わつたときに初めてできる覊束された行為でありまして、しかも、一定の場合、たとえば帳簿が備えつけていないとか、あるいは取引の全部または一部を隠蔽、仮装して記載するとか、そういつた具体的な条項を法文にはつきり掲げておりますので、要するに相手方にどれでやつたんだという説明がわかれば、私はそれでいいんじやないかというふうにも考えております。」というものであり、この答弁に対しては質問者の奥村小委員からもまた他の小委員からも別段の再質問はなされず、したがつて、関係部局の右見解は同小委員会において了承された。

(Ⅳ) このように、右小委員会における質疑応答の結果をみれば、奥村小委員がとりあげられた青色承認取消処分の理由付記の問題は、旧法人税法二五条九項の取消通知書に「該当条号の付記」をなすべきことを法文上に明文化することによつて解決することができるものと、双方において互いに了解されるに至つたことをうかがうことができるのである。

すなわち、金子説明員の言を借りれば、「相手方にどれによつてやつたんだという説明」つまり、同条八項の一号ないし五号の各条号のいずれに基づいて承認を取り消したかということを通知すればそれでいいのではないかということで、国会側も了承し、かくて、法文化が衆議院法制局において進められ、既述のごとく、奥村小委員が提案者となり、同年三月四日の衆議院大蔵委員会において、二五条九項後段の本件条項の提案をみ、その後、同院本会議の議決および参議院の議決を経て、法律として施行されるに至つたものである。

(Ⅴ) なお、この立法の経緯に関しとくに注意されるべきことは、本件条項の改正は一般の政府提案の改正案ではなかつたこと、すなわち、議員修正案にかかるものであるところ、当該提案者と政府側との間で上述のような質疑応答がかわされ、これを契機として一週間後に修正案が提出され、可決成立したことから、本件条項の意味内容を理解するうえで、右質疑の内容が重要な関連をもつているということである。

(Ⅵ) このように、本件条項の立法の経緯に鑑みるならば、同条項は該当条項号を付記すべきことを定めたものにほかならず、それをこえて原告が主張するがごとき意味内容を含んでいるものではないことが理解できるのである。

(c) 青色承認取消処分の性質と法人税法一二七条二項の立法趣旨

(Ⅰ) 青色承認取消処分の理由付記の程度について、該当条項号だけを記載すれば足りるものであることは右に述べたとおり、条文の文理あるいは立法経過に照らして明らかなことであるが、このことは、青色承認取消処分の性質からも明らかにできることであつて、その性質からいつて、理由付記として該当条項号を記載するだけで、一般的な理由付記の趣旨に十分に適合しているのである。

青色更正処分との対比において、青色承認取消処分の性質について考えてみるに、まず前者は、納税者が帳薄書類にもとづいて提出した納税申告書の課税標準もしくは欠損金額または法人税額の計算が国税に関する法律の規定に従つていなかつたとき、その他当該課税標準等がその調査したところと異なるときに、当該申告書にかかる課税標準等を更正するものである。したがつて、青色更正処分は、税務官庁が、当該納税者において記帳した帳薄書類を尊重し、これにもとづいて所得の計算をする建前となつているのに、それにもかかわらず、右帳薄書類の記載を信用しないのであるから、右帳薄書類の記載をいかなる理由で信用しないのかを、帳薄の記載以上に信 力のある資料を摘示して、説明することが必要とされるのである。したがつて、更正の理由付記としては、「いかなる勘定科目に幾何の脱漏があり、その金額はいかなる根拠に基づくものか」(前記最高裁判決)をその記載自体から了知できる程度に明示されねばならないといえるのである。

これに対して、青色承認取消処分は、帳薄書類の備付けとその記帳が、法人税法一二七条一項各号所定の取消事由に該当するものとして、青色承認を取り消すものであつて、個々の具体的数額が直接問題となるものではない。

元来、青色申告の承認は、事業年度開始の日の前日までに、所轄税務署長に法定の事項を記載した申請書を提出することにより、通常承認が得られる建前になつている。すなわち、法人税法一二三条の却下要件に該当しないかぎり、税務署長は、右申請を承認しなければならないし、また当該事業年度終了の日までに、当該申請の承認または却下がなかつたときは、当該申請の承認があつたものとみなされる(法人税法一二五条)のである。

しかしながら、納税者において、全事業年度を通じ、法人税法所定の帳簿書類を完備し、誠実にこれが記帳を続け、それにもとづく正しい会計処理と所得計算をするのでなければ、この帳簿書類に即して課税標準等を算定することはもはや期待できないのであるから、そのような期待のできない場合には、青色申告の承認が取り消されるのもやむをえないといわねばならない。

このように、青色承認取消処分は、信頼性のある帳簿書類を完備、記帳していない納税者に対し、その帳簿書類の信頼性の欠如を理由にこれが承認を取り消すものであり、個々の科目や数額をその帳簿書類に直接関連させながら、遂一こくめいに摘示しなければならない必要性はまつたくないものである。

したがつて、青色承認取消処分と青色更正処分とはその性質を異にするのであるから、これが処分通知書に理由を付記しなければならない程度も当然に異なり、前者の場合は、従者の場合よりも理由が簡単であつてさしつかえないのである。

(Ⅱ) また、ここで強調しておかねばならないことは、青色承認取消処分は、青色更正処分のように種々の態様のものがあるのではなく、前に述べたとおり、帳簿書類の信頼性が欠如するに至つた場合に行なわれるものであるので、法人税法は、その取消理由を類型化し、取消しを制限的に規定していることである。つまり、その取消理由として、帳簿書類の信頼性を欠くと認められる場合を、次の四つの類型に分けて具体的に明文化し、これら四つの類型のいずれかに該当するときでなければ取消処分が許されないものとしているのであり、その取消しについては厳しいチエツクを加えていることである(法人税法一二七条一項)。

<1> その事業年度にかかる帳簿書類の備付け、記録または保存が前条(一二六条)一項に規定する大蔵省令で定めるところに従つて行なわれていないこと(同項一号)。

<2> その事業年度にかかる帳簿書類について前条(一二六条)二項の規定による税務署長の指示に従わなかつたこと(同項二号)。

<3> その事業年度にかかる帳簿書類に取引の全部または一部を隠ぺいしまたは仮装して記載し、その他その記載事項の全体についてその真実性を疑うに足りる相当の理由があること(同項三号)。

<4> 七四条一項(確定申告)または一〇二条一項(清算中の所得にかかる予納申告)の規定による申告書をその提出期限までに提出しなかつたこと(同項四号)。

このように、法人税法は取消理由を類型化し、取消しを制限的に規定しているのであるから、青色承認取消処分の理由付記の程度としては、どの条項号(取消理由)で取り消されたのかを明示しさえすれば、税務官庁の恣意は十分に抑制されることになり、また、納税者に対して不服申立てのための便宜もつくされているものといえるのであつて、一般的に不利益処分に関し、理由付記を要求する法の趣旨にも十分合致しているのである。

すなわち、右類型化されている取消理由のうち、<4>の場合は、形式的なものであるので、該当条項号が示されただけで理由付記の程度として十分なことは多言を要しないところである。また、<1>ないし<3>の場合は、いずれも帳簿書類に関するものであつて、これを統一的に理解すべきものであるが、<1><2>の場合は、形式的不備による帳簿書類の信頼性の欠如であり、該当条項号が示されただけで理由付記の程度として十分であることは、右<4>の場合と同様であり、さらに<3>の場合についても、帳簿書類の記載事項の単なる一部ではなく、その全体について信用できないことを明らわにしているものであり、法自体が「帳簿書類に取引の全部又は一部を隠ぺいし又は仮装して記載し・・・・」(法人税法一二七条一項三号)と規定し、帳簿書類が信頼性を欠如する具体的根拠を示しているのであるから、この場合についても、該当条項号が示されただけで理由付記の程度として十分なものというべきである。もつとも、<3>の場合他の取消事由と比べると、やや具体性に欠ける場合の起こることが考えられなくもないが、このような場合でも、立法の当否は別として、解釈上具体的事実等の記載を欠くときは当然に青色承認取消処分を違法と評価しなければならないほどの実質的理由はない。しかも、青色承認取消処分は、当該法人がなんら関知しないときに突如として青色承認取消しの通知書が届けられるものでなく、青色承認取消処分に先立ち当該帳簿書類について税務調査が行なわれるのである。すなわち、青色承認取消処分がされるときは、税務調査が先行し、税務署の担当係官は必ずこれら法人の帳簿書類のすべてについて調査するのであり、これには、もちろん、当該法人の経理担当者が立ち合い、必要に応じて説明し、また質問を受け、弁明する機会が与えられている。それ故、通常、調査の全過程を通じて、いかなる会計処理が問題であるかが必ず論議の対象となり、それに関連し、帳簿書類の項目と数額について、その記載の不備、不正、脱ろう、過大計上、過少評価等が論議されるのが通例である。とすれば、これらの税務調査を経たうえで青色承認取消処分の通知が発せられるものである以上、そこに記載されている取消事由の該当条項号をみれば、所轄税務署長がいかなる判定にもとずき、当該青色承認を取り消すに至つたかを了知することができるものである。

以上のように、法人税法一二七条二項の立法趣旨は、取消処分を制限し、そして取消理由を類型化している建前を前提として、理由付記の程度としては該当条項号のみで足りることをまさに明定しているものである。そして、このような解釈こそ、前に述べた文理解釈にも、まれ、立法の経過にもきわめてよく合致するものといえよう。

(Ⅲ) このことは、法定の手続が厳格に保障されている刑事法の分野における保釈の取消しと対比してみても、明らかである。すなわち、刑事訴訟法九六条一項は、五つの保釈取消しの理由を規定している。これは、保釈取消しの理由が制限的かつ類型的に定められているものと解すべきであるが、保釈取消決定においては、該当条項号だけを記載すれば足りると解されているのである。なお、勾留についてみても、刑事訴訟法六〇条一項各号所定の勾留の理由は、前記保釈取消事由と同様、制限的かつ類型的に定められているものと解すべきであり、刑事訴訟規則七〇条は、「勾留状には、・・・・の外、法第六〇条第一項各号に定める事由を記載しなければならない。」と規定しているが、勾留状には該当条項号だけを記載すれば足りると解されているのである。

(Ⅳ) また、青色申告の承認申請に対する却下処分については、却下の理由として、青色承認取消処分の取消理由とほぼ同じ理由が掲げられているのであるが(法人税法一二三条)、この場合には、理由付記が要求されていない。このことと対比して、青色承認取消処分の理由付記に関しては、該当条項号のみの記載で足りるものとしても十分合理性を主張しうるものというべきである。

(a) 青色承認取消処分による不利益の程度

青色承認取消処分と青色更正処分とを対比して、青色承認取消処分は青色申告の特典を将来にわたつて失わせるものであり、一時的に不利益を与える青色更正処分よりもはるかに大きな不利益処分であるとする考え方があるかもしれないが、しかし両者は前述したようにその本質を異にするものであり、しかも、青色申告の承認は、取消しの通知を受けた日から一年を経過すれば、あらためていつでも承認を受けることができるのであり、また、青色承認取消処分によつて納税義務が具体化するものでもないから、青色承認取消処分を青色更正処分と対比してはるかに大きな不利益処分であるとするのは、決して正鵠をえたものではない。

(ウ) 以上のような次第であるから、法人税法一二七条二項によりその記載を命じているのは、同条一項の一号ないし四号のいずれの取消事由に該当するかという該当条項号の付記であり、それ以上に、その具体的根拠や、それを裏付ける資料または認定の過程、あるいは不備の存する帳簿書類とその科目、数額を克明に示さなければ付記理由として不備であるとの違法評価をうけるものではない。したがつて、本件取消処分の理由付記は適法である。

(2) 取消理由の存在

原告は昭和三八事業年度において、後記((三)(1))のとおりその帳簿書類に取引の重要な一部を仮装して記載していた。したがつて、本件取消処分は法人税法一二七条一項三号にもとづく適法なものである。

(三)  本件再更正処分および本件重加算税決定処分の適法性について

(1) 原告は、昭和三八年一二月一三日、その所有していた訴外高井証券株式会社(以下、高井証券という。)の株式五〇、〇〇〇株(以下、本件株式という。)を一株あたり一〇〇円、合計五、〇〇〇、〇〇〇円で高井証券の子会社である訴外山大不動産株式会社(以下、山大不動産という。)へ譲渡し、その帳簿価格一株あたり五〇円、合計二、五〇〇、〇〇〇円との差額二、五〇〇、〇〇〇円から譲渡経費一二、四九二円を控除した二、四八七、五〇八円の売却益を得た。しかるに、原告は、法人所有の株式の譲渡による所得が全額課税所得とされるのに対し、個人所有のそれは原則として非課税とされているところから、原告と山大不動産との間に個人をさしはさむことにより本件株式の売却益に対する課税を免れようとして、あたかも原告が昭和三八年一一月六日に本件株式を一株あたり五〇円、合計二、五〇〇、〇〇〇円で訴外松岡茂に譲渡したかのように仮装し、原告の帳簿書類上にその旨記載し、申告所得金額から本件株式の売却益を除外していたのである。

(2) 次に、原告は、昭和三八年一二月一三日、本件株式の右売却益二、四八七、五〇八円を他の関連会社が所有していた高井証券の株式一八五、〇〇〇株の売却益二〇、九五三、七七八円と合わせて日本信託銀行本店に松岡茂名義で通知預金として預け入れ、同月一八日に一たん金額解約のうえ、同日さらに一一、六九六、六三〇円を通知預金として預け入れ、昭和三九年六月一五日に右預金金額を払い戻したが、その間の本件株式の売却益にかかる預金利息相当額(その金額は次式のとおり三〇、九〇九円である。)が原告の帳簿上計上もれとなつていた。

<省略>

(3) そこで、被告は、原告の申告所得金額一、四〇四、二九八円に本件株式の売却益二、四八七、五〇八円と預金利息計上もれ三〇、九〇九円を加算し、所得金額を三、九二二、七一五円として本件再更正処分を行なつたものである。

したがつて、本件再更正処分は適法である。

(4) また、被告は、国税通則法六八条一項により、右(3)の増差所得金額中本件株式の売却益について二六一、〇〇〇円の本件重加算税決定処分を行なつたものであつて、同処分は適法である。

(四)  本件源泉徴収決定処分の適法性について

本件株式の売却益二、四八七、五〇八円およびその預金利息三〇、九〇九円は原告の実質的な代表者、すなわち、登記簿上は原告の代表取締役でもないが、ほとんど毎日原告の営業所へ出向いて必要な指示を与え、収入金を管理し、支出を決定するなど原告の経営を実際上主宰していた松岡清次郎において昭和三九年六月までに費消したので、被告は、右金額を松岡清次郎が原告から受けた臨時的給与(賞与)と認めて、旧所得税法(昭和四〇年法律第三三号による改正前のもの)四三条、国税通則法六七条により本件源泉徴収決定処分をしたものである。

したがつて、右処分は適法である。

三  被告の主張に対する原告の答弁および反論

(一)  被告の主張(二)の(1)は争う。同(二)の(2)は否認する。

青色承認取消処分の通知書に付記すべき理由の程度は、法人税法一二七条一項各号のいずれに該当するかということだけにとどまらず、これに該当する具体的事実をも記載すべきである。

すなわち、同条二項は「税務署長は、前項の規定にる取消しの処分をする場合には、同項の内国法人に対し、書面によりその旨を通知する。この場合において、その書面には、その取消しの処分の基因となつた事実が同項各号のいずれに該当するかを付記しなければならない。」と規定しているところ、その文理上は単に該当条項号を付記するのみでなく、当然にその前提となるべき「取消しの基因となつた事実」をも付記することを要求しているとも解せられ、したがつて右条項を形式的に文理解釈するだけではいずれとも定めがたいところであるから、右の文言のみにとらわれずに、青色申告制度の目的、青色承認取消処分の性質、法が前記のような付記を命じた趣旨に照らして、合理的に右条項を解釈しなければならない。

いうまでもなく、青色申告制度は、申告納税制度を推進する方策として、納税者が帳簿書類を備え付け、取引を正確に記帳することを奨励するために設けられたもので、青色申告書提出の承認を受けた者は、所定の帳簿を備え付けて、これに取引を適正に記帳することが義務づけられる反面、推計課税の禁止、更正の手続、方法の制限など所得計算上および納税手続上種々の特典が与えられているのであるが、その承認が取り消されると、一たん与えられた右の特典が将来にわたつて失われるのであつて、右取消処分は、一時的な不利益を与えるにすぎない更正処分よりも、はるかに大きな不利益処分であるということができる。ところで、法人税法が本件条項において承認取消しの通知書に前記のような付記をしなければならないとした趣旨は、青色承認取消処分が右のようにその相手方に大きな不利益を与えるものであるところから、処分庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、取消しの理由を相手方に知らせることにより、その処分に不服のあるものが提起する異議申立てないし訴訟における異議ないし攻撃の対象を明らかにさせて、不服の申立てに便宜を与えることにあると解される。

制度の目的、処分の性質および付記を命じた趣旨が右のとおりであるとするならば、青色承認取消処分の通知書には、取消しの事由として、単に該当条項号を記載するのみでは足りず、青色承認取消しの基因となつた事実をも具体的に摘示することを要求しているものと解するのが相当である。けだし、同法一二七条一項は、青色承認取消しの事由として、具体的な場合を四つの類型に分け、これを同項の一号ないし四号に明文化しているものの、取消しの基因となつた事実が右各号のいずれに該当するかを示されただけでは、相手方において、どのような事由によつて取り消されたのか明確に知ることはできず、とくに右三号該当の場合(本件の場合はこれにあたる。)には、その取消事由は、「・・・・・帳簿書類に取引の全部又は一部を隠ぺいし又は仮装して記載し、その他その記載事項の全体についてその真実性を疑うに足りる相当の理由があること。」という極めて総括的で具体性に乏しいものであるから、該当条項号を示されただけでは、どの帳簿書類に、どの取引に関してどのような記載があつたとされたのかまつたく不明であつて、これにより、相手方が取消しの具体的理由を了知しうるものとはとうていいいえず、したがつて、前記通知書には、単に該当条項号を記載すれば足りるとしたのでは、前記の法の趣旨、とくに処分の相手方に取消しの理由を知らせて不服の申立てに便宜を与えるという趣旨は、ほとんど没却されるに至るからである。

したがつて、その取消しの基因となつた具体的事実の記載を欠く本件取消処分は違法であるといわなければならない。

(二)  被告の主張(三)の(1)は否認する。もつとも、本件株式の売却に関し、原告の帳簿書類上に被告主張のような記載がなされていることは認める。右記載は仮装の取引を記載したものではなく、真実の取引を記載したものであつて、原告は昭和三八年一一月六日に本件株式を一株あたり五〇円、合計二、五〇〇、〇〇〇円で松岡茂に真実譲渡したものである。

被告の主張(三)の(2)のうち、本件株式の売却益にかかる預金利息相当額が原告の帳簿上計上もれとなつているとの主張は争う。

(三)  被告の主張(四)は否認する。もつとも、被告主張のとおりに松岡清次郎が原告から臨時的給与(賞与)を受けたと認められる場合には、源泉徴収にかかる給与所得の本税額および不納付加算税額が被告主張のとおりであることについては争わない。

第三立証

一  原告

甲第一号証の一ないし五、第二号証、第三号証の一ないし六、第四号証の一、二および第五号証の一ないし九を提出。

証人上西康之(第一、二回)、同吉田繁次郎、同松岡茂、同松岡清次郎および同古川英郎(第二回)の各証言を授用。

乙第六号証、第九号証、第一四号証の三、第一五、一六号証、第一七号証の一、二および第二七号証の成立は不知、第一八号証のうち6の欄の堤直寛の署名押印部分の成立は認めるが、その余の部分の成立は不知、第二二号証のうち被質問者古川英郎の署名押印部文の成立は認めるが、その余の部分の成立は不知、その余の乙号各証の成立はいずれも認める。

二  被告

乙第一、二号証の各一ないし三、第三、四号証、第五号証の一ないし九、第六ないし第一三号証、第一四号証の一ないし三、第一五、一六号証、第一七号証の一、二、第一八ないし第二五号証、第二六号証の一ないし三および第二七号証を提出。

証人宮城章子、同松岡茂、同松岡清次郎、同高良礼一、同漆間健次、同坂本登、同堤直寛および同古川英郎(第一回)の各証言を援用。

甲第五号証の一ないし九の成立は認める、第二号証および第三号証の一ないし六のうち住友銀行日比谷支店作成部分の成立は認めるが、その余の部分の成立は不知、第四号証の一、二のうち日本信託銀行作成部分の成立は認めるが、その余の部分の成立は不知、第一号証の一の原本の存在は認めるが、成立は不知、その余の甲号各証の成立は不知。

理由

第一本件取消処分の取消請求について

請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。

本件取消処分の通知書にはその理由として「法人税法第一二七条第一項第三号に掲げる事実に該当する」とのみ記載されているのであるが、まず、このような処分の過否について判断する。

一  法人税法一二七条二項の文理

法人税法一二七条は一項において青色申告書提出承認の取消事由を一号から四号までの四つの類型に規定し、二項において右承認の取消処分をする場合には書面でその旨を通知することおよびその書面には「その取消しの処分の基因となつた事実が同項各号のいずれに該当するかを付記しなければならない」ことを規定している。

ところで、青色申告書にかかる更正処分(以下、青色更正処分という。)の場合は「更正通知書にその更正の理由を付記しなければならない」と規定し(法人税法一三〇条二項)、異議決定および裁決の場合は「理由を付記し、右理由においてはその維持される処分を正当とする理由が明らかにされなければならない」と規定している(国税通則法八四条四、五項、一〇一条一項)。

右に述べた理由付記に開する規定の仕方を比較すれば、青色承認取消処分の方が青色更正処分や異議決定、裁決の場合よりも付記理由の内容に関し具体的に規定していることは明らかである。すなわち、青色承認取消処分の場合には「その取消しの処分の基因となつた事実が同項各号のいずれに該当するか」を付記しなければならないと定められているのである。しかしながら、このことから、右の「その取消しの処分の基因となつた事実が同項各号のいずれに該当するかを付記しなければならない」ということは、文理上当然に該当条項号を付記すれば足りると読むべきであると断定することは困難である。何故なら、法人税法一二七条二項後段の文言がたとえば「その取消しが同項各号のいずれによるものであるかを付記しなければならない」となつているような場合には、その文理上該当条項号を付記すれば足りることが明らかであるが、「その取消しの処分の基因となつた事実が同項各号のいずれに該当するかを付記しなければならない」となつている場合には、取消処分の基因となつた具体的事実とその該当条項号の両者を付記しなければならない趣旨であると読むことも文理上不可能ではないからである(もつとも、取消処分の基因となつた具体的事実とその該当条項号の両者の付記を要求する場合には、「その取消しの処分の基因となつた事実およびそれが同項各号のいずれに該当するかを付記しなければならない」と規定することによつてその趣旨を一義的に明らかにしうるわけであるが、そのように規定した場合にかぎつて前記両者の付記が要求されると解すべき合理的理由は存在しない。)。

これを要するに、法人税法一二七条二項後段の文理解釈だけからでは、青色承認取消処分の通知書に付記すべき理由が該当条項号のみで足りるのかそれともそのほかに取消処分の基因となつた具体的事実の記載をも必要とするのかということは必ずしも明らかではないといわなければならない。

二  立法の経過

青色申告制度が旧法人税法(昭和二二年法律第二八号)にとり入れられたのは昭和二五年法律第七二号により同法の一部が改正された時であるが、その際は同法二五条八項の一号ないし五号において青色承認取消しの実体要件を規定するとともに、同条九項において当該法人に右取消しを通知する旨を規定していたにとどまり、理由付記に関する規定は設けられていなかつた。その後、昭和三四年法律第八〇号による旧法人税法の改正の際に、同法二五条九項の後段に「この場合において、前項の規定による承認の取消しの通知をするときは、当該通知の書面にその取消しの基因となつた事実が同項各号のいずれに該当するかを付記しなければならない」旨の規定が議員修正により設けられるに至り、これが現行法一二七条二項に引き継がれたのである。

ところで、右昭和三四年法律第八〇号による旧法人税法の改正の際に、修正案を提出した奥村又十郎衆議院議員は、昭和三四年三月四日の衆議院大蔵委員会において修正案の提案の趣旨として「現行法におきましては、税務署または国税局が青色申告の承認取り消しをする場合は、ただ取り消しの通知をすればいいということになつておりますが、それでは善良な青色申告の納税者にとりまして非常に勝手が悪い。どういう理由で青色申告の承認を取り消すか、その理由を付記してもらいたい、こういう要望が強いので、本委員会としては、これは納税者の要望は当然である、この理由付記を法律に明記しなければ、この青色申告の承認取り消しの政府の処分に対して納税者が異議申し立てをする場合に、現行法ではその異議の理由付記に非常に差しつかえがある、政府が取り消しの理由を書いてさえくれれば、納税者の異議申し立てに対する理由の付記が納税者にとつて非常にやりやすい、こういう意味において修正案を提案した。かようなわけであります。そこで、もう一つ広範な理由から申し上げますと、現在の青色申告に対する政府の更正決定のやり方の実態を見てみなければならぬ、こういうことで、先般来税の小委員会で青色申告に対する更正決定のやり方の実体調査をしてみますと、実は、残念ながら、われわれとしては、現在の税務行政がこの問題についてはかなりおざなりで素乱しておる。その証拠には、納税者から訴訟を起され、裁判所において、政府のやつた青色申告に対する更正決定は違法である、無効であるという判決を昨年来しばしば受けておる。これ一つ見てもわかります。

従つて、政府は、青色申告に対する更正決定についてはもつと法律通り明確な理由をつけなければならぬ。ところが、政府は実はつけられない。つけられない理由としては、青色申告の帳簿そのものが実は政府としては十分信頼が置けない。従つて政府はある程度推定で更正決定をせざるを得ない、こういうわけです。推定で更正決定をする、つまり青色申告の帳簿そのものが認められないというならば、まず法律に定められた通り、政府は青色申告の承認をまず取り消してかからなければならぬ。そういう順序を経た措置がなされておらぬから、裁判所で政府は負けておる。この点は、もう少し法律通りに、政府が順序を運ばれるのが当然と思う。政府としては、それは青色申告をなるべく奨励しようという親心から納税者の間違いをとがめぬのだ、こうおつしやるのも、なるほど理由はあります。が、しかし、裁判所において政府は違法であるとしかられるところまで これは強情に押すべきではない、こういう意味において、もつと堂々とやらなければならぬ。その場合の処置としては、めつたやたらと青色申告を取り消されては困りますから、今度は取り消しに対して政府は理由付記をしなければならぬ。こういうように、当委員会としては、政府当局と納税者との中間にあつて、最も公平な結論を出したい。それが当委員会の修正案の趣旨であります。」と説明している(昭和三四年三月四日衆議院大蔵委員会議録第一六号一〇頁)。

右に述べた立法の経過に照らして考えるに、従来青色承認取消処分には理由の付記が要求されていなかつたのに昭和三四年法律第八〇号による旧法人税法の改正の際議員からの修正案の提出により理由の付記が要求されるに至つたものであるが、このことから当然にその理由付記の程度としては該当条項号の付記で足りると解することは困難であり、また修正案の提案趣旨の説明からも、理由付記を要求する趣旨が処分の相手方に対し処分の理由を知らせて不服申立てに便宜を与えるとともに、処分庁の判断の慎重・合理性を担保してその恣意を抑制することにあつたことは明白に読み取ることができるが、理由付記の程度は該当条項号のみの付記で足りると提案者が考えていたかどうかは必ずしも明らかでないといわなければならない。

ところで、被告は、右旧法人税法の改正の経過に関し、昭和三四年二月二五日に開かれた衆議院大蔵委員会税制並びに税の執行に関する小委員会においてなされた奥村又十郎小委員と金子一平説明員(当時国税庁直税部長)の質疑応答の過程の中で、青色承認取消処分の理由付記の問題は旧法人税法二五条九項の取消通知書に該当条項号の付記をなすべきことを法文上に明文化することによつて解決することができるものとの了解がなされるに至つた旨主張する。

なるほど、成立に争いがない乙第二四号証によれば、昭和三四年二月二五日の衆議院大蔵委員会税制並びに税の執行に関する小委員会において奥村又十郎小委員と金子一平説明員との間に被告主張のような質疑応答がなされていることが認められるが、その質疑応答の前後を合わせて注意深く読めば、奥村又十郎小委員か青色承認取消処分の通知書に理由を付記しなければならないように法律を改正する必要があると思う旨の意見を述べ、これに対する国税当局の方針を明確にしてほしいと述べたのに対し、金子一平説明員は青色承認取消しの事由は法文に明記してあるので、要するに相手方にどれによつてやつたんだということの説明がわかればいいのではないかと思う旨答えているのである。

すなわち、金子一平説明員は、青色承認取消処分の通知書に理由を付記する必要はなく、いかなる取消事由による取消しであるかの説明が相手方になされれば足りるという趣旨で答弁しているのではないかと思われるのである。このことは、金子一平説明員の答弁に続いて、奥村又十郎小委員が「言葉を重ねて恐縮ですが、ただ、その意議の申し立てをする場合に、取り消しの理由が明記してあれば、その理由に対する反感をもつて異議申し立ての理由にできますが、ただばく然と取り消すといかれた場合には、今度は納税者の側で異議を申し立てる場合の理由がつけにくい、こういう点がありますから、その点が問題だ、かように思います。」と述べていること(前記乙第二四号証)からも、推測できるのである。したがつて、青色承認取消処分の通知書に理由の付記を要するかという問題については、奥村又十郎小委員と金子一平説明員との間に、昭和三四年二月二五日の段階では意見の相違があつたものというべく、被告主張のように、右両者の質疑応答の過程の中で、右通知書に該当条項号の付記をなすべきことを法文上に明文化することによつて青色承認取消処分の理由付記の問題を解決することができるとの了解がなされるに至つたと解することは困難である。そして、その後、前記のとおり、同年三月四日の衆議院大蔵委員会において、奥村又十郎委員から修正案の提出がなされ、ここにはじめて青色承認取消処分の理由付記に関する法案が示されるに至つたのである。

これを要するに、立法の経過に照らしても青色承認取消処分における理由付記の程度は明らかではなく、結局、右理由付記の程度は青色承認取消処分の性質と理由付記を要求する制度の趣旨に照らして合理的に解釈するほかないといわなければならない。

三  青色承認取消処分の性質

申告納税制度は、自己の所得金額および税額を自ら正確に計算し、申告納税する制度であり、納税者が帳簿書類を備え付け、取引を正確に記帳することがその基盤をなしており、青色申告制度はこれを推進するために設けられたものである。すなわち、青色申告書提出の承認を受けた者は、所定の帳簿を備えつけ、これに取引を正確に記帳することが義務づけられる反面、課税標準の計算に関し、各種の準備金や引当金を法定額の限度で計上することができたり、固定資産の耐用年数の短縮や減価償却額の割増計上や減価償却不足額の前五事業年度以内の加算などの特例の適用を受けることができ、前五事業年度以内の繰越欠損金額の控除の特例を受けることができるなどの実体上の特典とともに、更正処分をするにあたつては帳簿書類の調査にもとづいてこれを行ない、推計課税は禁止され、更正通知書には更正の理由付記が要求されるなど手続上の特典が与えられているのである。これらの実体上の特典は青色申告書により確定申告をするにつき享受しうるものであり、また、手続上の特典は更正処分がなされる場合につき享受しうるものである。

ところで、青色承認取消処分は、青色申告書提出承認を受けた者に認められる右のような実体上および手続上の特典を剥奪するものであつて、不利益処分的な性質を有するものといわなければならない。そして、ひとたび青色承認取消処分がなされると、新たに承認を受けるまでは、右のような実体上および手続上の特典を享受できないのであるから、これらの特典は享受しつつ所得金額および税額の更正を受けるにすぎない青色更正処分よりも、青色承認取消処分の方が納税者にとつてより大きな不利益処分性を有するものというべきである。

四  理由付記を要求する趣旨

法人税法一二七条二項後段において青色承認取消処分に理由付記を要求する趣旨は、前記のとおり昭和三四年法律第八〇号による旧法人税法の改正の際の修正案の提案趣旨の説明からも明らかなように、処分庁の判断の慎重・合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の相手方に対し処分の理由を知らせて不服申立てに便宜を与えることにあるものと解すべきである。

そこで、法人税法一二七条一項三号にもとづく青色承認取消処分の場合につき、右に述べた理由付記を要求する趣旨の観点から、理由付記の程度として該当条項号のみを記載した場合と具体的事実をも記載した場合とを比較検討する。法人税法一二七条一項三号は「その事業年度に係る帳簿書類に取引の全部又は一部を隠ぺいし又は仮装して記載し、その他その記載事項の全体についてその真実性を疑うに足りる相当の理由があること」と規定している。そして、該当条項号のみを記載する場合よりもこれに該当する具体的事実をも記載する場合の方が、一般的には右一二七条一項三号の要件に該当するかどうかの判断においてより慎重になり、処分庁の恣意を抑制するうえにおいて優れているといわなければならない。次に、不服申立ての便宜の点から考えるに、法人税法一二七条一項三号に該当するとだけ記載しても、一事業年度内においては数多くの取引先と数多くの取引をするのが通常の法人にみられるところであるから、税務署長がいかなる取引をとらえて隠ぺいまたは仮装と判断したのか、あるいはいかなる事実をとらえて帳薄書類の記載事項の全体についてその真実性を疑うに足りるものと判断したのかが皆目分からず、青色承認取消処分を受けた者としてはこれに対し不服申立てをすべきかどうか、不服申立てをするとしていかなる点を具体的な不服の事由としたらよいのかの判断に困るといわなければならない。これに対し具体的事実をも記載してある場合には右の困惑は解消されるのである。したがつて、理由付記を要求する趣旨の観点からは、処分庁の恣意を抑制するという点からいつても、また、処分の相手方の不服申立てに便宜を与えるという点からいつても、該当条項号のみの記載では不十分であり、具体的事実を記載してはじめて右の趣旨にかなうということになるのである。

五  青色更正処分の理由付記との対比

青色更正処分の理由付記の程度については、帳簿書類の記載以上に信びよう力のある資料を摘示して処分の具体的根拠を明らかにしなければならないとするのがいわば確定した判例理論といえる。青色更正処分と青色承認取消処分とは処分の性質・内容を異にし、前者においては個々の勘定科目における具体的金額が直接問題となるのに対し、後者においては具体的金額は隠ぺいまたは仮装にかかる取引を特定する一要素にすぎないのであるから、両者の理由付記の内容が異なることはいうまでもないが、前記のとおり青色承認取消処分の方が青色更正処分よりも納税者にとつて不利益処分性が大きいことから考えれば、青色承認取消処分の理由付記の程度が青色更正処分のそれよりも簡単でよいとすることは合理性を欠くといわなければならない。なお、前記のとおり、青色承認取消処分の場合には取消事由が類型化されており、理由付記に関する条文の文言も青色更正処分の場合とは異つた表現を用いているのであるが、それは青色承認取消処分の場合には取消事由を限定し、法定の事由以外には取消しを禁止したものであること、青色更正処分については具体的金額が直接問題となるものだけに更正事由を類型化することは無意味かつ困難であることによるものと解すべきであり、理由付記の程度が簡単でよいことを正当化するものではないと解するのが相当である。

六  以上一、ないし五に述べたところを総合して考えれば、青色承認取消処分の通知書に記載すべき理由付記の程度としては、処分の性質や理由付記を要求する趣旨に照らし、該当条項号の記載のみでは足りず、これとともにこれに該当する具体的事実につきこれを特定しうる程度にその要点を記載することをも要すると解するのが相当である。なお、このように解しても、青色承認取消処分をするにあたつては所轄税務署長は取消事由の存否につき十分な調査をしているはずであるから、税務事務処理上それほど煩瑣、過重を強いるものとは思われない。

してみれば、本件取消処分は、その余の点を判断するまでもなく、理由付記の点において違法であり、取消しを免れない。

第二本件再更正処分および本件重加算税決定処分の取消請求について

請求原因(二)の事実は当事者間に争いがない。

本件取消処分が違法として取消しを免れないことは前記のとおりであるから、原告は昭和三八事業年度において青色申告書を提出することができたわけであり、本件再更正処分は青色申告書にかかる再更正処分ということになる。ところで、青色申告書にかかる再更正処分の通知書には理由付記が要求されるところ、本件再更正処分の通知書に理由が付記されていないことについては、被告において明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。してみれば、本件再更正処分は、その余の点を判断するまでもなく、違法であり、したがつて、本件重加算税決定処分も違法であり、ともに取消しを免れない。

第三本件源泉徴収決定処分の取消請求について

一  請求原因(三)の事実は当事者間に争いがない。

被告は、本件株式の売却益二、四八七、五〇八円およびその預金利息三〇、九〇九円は原告に帰属すべきところ、その実質的な代表者である松岡清次郎がこれを昭和三九年六月までに費消したので、同人において右金額を原告から臨時的給与(賞与)として支給を受けたものと認めて、本件源泉徴収決定処分をしたものである旨主張する。

二  そこで、まず、本件株式の売却益が原告に帰属すべきものといえるかどうかについて判断する。

(一)  原告が本件株式を所有していたこと、原告の帳簿書類上、原告は本件株式を昭和三八年一一月六日に一株あたり五〇円、合計二、五〇〇、〇〇〇円で松岡茂に譲渡した旨の記載がなされていることは当事者間に争いがない。

成立に争いがない乙第一、二号証の各三、同第三、四号証、同第五号証の一および六ないし九、同第一〇号証、原本の存在については争いがなく、成立については証人松岡茂の証言により認められる甲第一号証の一、日本信託銀行作成部分の成立については争いがなく、その余の部分の成立については証人松岡茂の証言により認められる同第四号証の一、二、証人高良礼一の証言により成立が認められる乙第六号証に証人上西康之(第一、二回)、同吉田繁次郎、同高良礼一、同松岡茂および同松岡清次郎の各証言を総合すれば、次の事実が認められる。

原告の作成名義で有価証券取引書と題する書面が作成されているが、その書面には原告が本件株式を一株あたり五〇円、合計二、五〇〇、〇〇〇円で昭和三八年一一月六日に松岡茂へ譲渡した旨の記載がなされており、松岡茂および松岡清次郎は、当法廷においてあるいは東京国税局協議団に対し右書面の記載事項に副う供述をしている。ところで、本件株式は、他の高井証券の株式とともに日栄証券株式会社代表取締役上西康之の斡旋により山大不動産においてこれを一株あたり一〇〇円で買い取ることになり、同年一二月一三日、日栄証券株式会社において、松岡茂から同会社へ、さらに同会社から山大不動産への本件株式を含む高井証券の株式二三五、〇〇〇株の売買に関する書類が作成され、松岡茂は右株式売買の代金として一株あたり一〇〇円、合計二三、五〇〇、〇〇〇円から手数料二三、五〇〇円および有価証券取引税三五、二一四円を差し引いた二三、四四一、二八六円を日栄証券株式会社振出の小切手で受領した。そして、右二三、四四一、二八六円は同日日本信託銀行本店において松岡茂名義の通知預金として預け入れられたが、同預金は同月一八日解約され、さらにそのうち一一、六九六、六三〇円が同日右本店において松岡茂名義の通知預金として預け入れられたが、同預金も昭和三九年六月一五日解約された。

(二)  そこで、原告と松岡茂間の昭和三八年一一月六日付本件株式の売買契約が仮装であるかどうか、したがつて、山大不動産へ本件株式を売り渡したのは原告であり、その売却益は原告に帰属したのかどうかについて検討する。

(1) 成立に争いがない乙第二六号証の二、三、住友銀行日比谷支店の作成部分については成立に争いがなく、その余の部分については証人松岡茂の証言および弁論の全趣旨により成立が認められる甲第二号証および同第三号証の一に証人松岡茂の証言を合わせ考えれば、松岡茂は、昭和三八年一二月九日に住友銀行日比谷支店から、松岡清次郎の定期預金や株式を担保に差し入れ、かつ、同人の保証のもとに一一、七五〇、〇〇〇円を借り受け、このうちより二、五〇〇、〇〇〇円を本件株式の代金として同日原告へ支払い、原告はただちにこれを住友銀行日比谷支店の原告の普通預金口座へ預け入れたことが認められ、また、証人坂本登および同漆間健次の各証言およびこれにより成立が認められる乙第二七号証によれば、原告の経理担当者である漆間健次は、昭和三八年一二月に松岡清次郎より本件株式を売却しなければならないので株券を持参するようにいわれ、松岡合資会社の社長室へ本件株式の株券を持参し松岡清次郎へ渡し、その日に同人より現金で二、五〇〇、〇〇〇円を受け取り、住友銀行日比谷支店へ預け入れたことが認められる。もつとも、右乙第二七号証によれば、漆間健次は被告の係官である坂本登に対し、本件株式の株券を松岡合資会社の社長室へ持参したのは昭和三八年一二月の六日より以前であつた旨述べていることが認められるが、松岡茂が二、五〇〇、〇〇〇円を原告へ支払い、住友銀行日比谷支店の原告の普通預金口座へ右二、五〇〇、〇〇〇円が入金されたのは同月九日であること前記認定のとおりであるから、漆間健次が本件株式の株券を松岡合資会社の社長室へ持参した日も同日であつたというべく、それが同月の六日より以前であつたとの漆間健次の供述は同人の記憶違いではないかと思われる。

右認定の事実によれば、松岡茂が本件株式の代金として二、五〇〇、〇〇〇円を原告へ支払い、漆間健次が本件株式の株券を松岡合資会社の社長室へ持参し、松岡清次郎へ渡したのは昭和三八年一二月九日であり、同年一一月六日に原告から松岡茂へ本件株式の売買がなされたものとすれば、一か月以上もたつてから代金の支払い等がなされていることが不自然であるというべきところ(もつとも、この点につき、松岡茂は、証人尋問の際、「私自身は自分の関係会社ですからすぐに払う必要はないと思つたんですが、松岡合資会社の株式を買つた川住の方も一応決済つけたのでお前の方もきれいにしておいた方がいいんじやないかと松岡清次郎から話があつたので、一応清算した」旨証言しているが、右不自然さを解消させるに十分でない。)、これに、被質問者古川英郎の署名押印部分の成立については争いがなく、その余の部分についてはその方式および趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるので真正な公文書と推定すべき乙第二二号証によれば、松岡合資会社に勤務し、原告を始め関連会社の内部監査を担当していた古川英郎は、昭和四二年一〇月六日東京国税局の係官に対し、本件株式を松岡茂に売つたという有価証券取引書は松岡合資会社の社員である山本龍太郎の筆蹟によるもので、山本がいつ作つたかということは直接目撃したわけではないのでわからないが、たしか右会社に対し法人税の調査が入つてから、すなわち昭和三八年一一月六日のあとから作つたものである旨述べていることが認められる(もつとも、古川英郎の証人尋問の際には、右の点に関する証言の内容が多少あいまいになつているが)ことと照らし合わせて考えれば、少なくとも原告が松岡茂へ本件株式を売り渡したのが同月六日であるという点は仮装であるとみるのが相当である。

(2) 前記乙第六号証、成立に争いがない同第一〇号証、証人上西康之(第一、二回)、同高良礼一、同松岡茂、同坂本登および同松岡清次郎の各証言によれば、松岡茂が原告から本件株式を買い受けるに至つたのは松岡清次郎から依頼を受けたためであること、松岡茂が日栄証券株式会社を通して本件株式を山大不動産へ売り渡すに至つたのは松岡清次郎の勧めによるものであり、右売渡しにあたつて松岡茂自身は日栄証券株式会社とも山大不動産とも事前に何の交渉もしたことはなく、もつぱら松岡清次郎と日興証券株式会社取締役会長遠山元一との間を日栄証券株式会社代表取締役上西康之がとりもち、右三者間に一株あたり一〇〇円という貸入価格が決められ、山大不動産は遠山元一の勧めに従つて右買入価格を承諾したものであることが認められこの認定を覆えすに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、原告が本件株式を松岡茂に売り渡すにあたつて主導権を握つていたのは松岡清次郎であり、また、松岡茂が本件株式を日栄証券株式会社を通して山大不動産へ売り渡すにつき売主側の意思を実質的に決定したのも松岡清次郎であるといわなければならない。

(3) 松岡茂が本件株式を日栄証券株式会社を通して山大不動産へ売り渡した際の買入価格一株あたり一〇〇円の決定が松岡清次郎、上西康之および遠山元一の間でなされたことは右認定のとおりであるが、その決定のなされた時期がいつであつたかはきわめて重要な問題である。

この点に関し、上西康之は、証人尋問(第一、二回)の際「日本信託銀行の藤井に呼ばれて萃麗という料亭に行つた際、松岡清次郎を紹介され、同人より高井証券の株式を三分の一ほど持つており、高井証券の経営に乗り出そうと思うので援助してほしいと言われた。しかし、素人が証券会社を経営するということはとても無理であるということをるる説明した結果、結局松岡清次郎から本件株式を含めた高井証券の株式の売却の斡旋を依頼された。そこで、翠麗から帰るとすぐ午後三時か四時ごろであつたが、高井証券の代表取締役高良礼一を支援していた日興証券株式会社取締役会長遠山元一へ電話をしてその話をしたところ、すぐ来いということだつたので午後五時ごろ右会長室へ遠山元一を訪ねていつた。遠山より一株一〇〇円だつたら松岡は手放すだろうかと聞かれたので、それなら大丈夫だと引き受け、その日に藤井へ連絡し、同人から松岡清次郎の了解をとつてもらい、その結果を遠山元一へ電話で連絡し、ここに、松岡清次郎の支配下にある本件株式を含めた高井証券の株式を一株あたり一〇〇円で売り渡す旨の話が決まつた。遠山元一を訪ねた日は三八年一二月一三日の三、四日前である。」旨を証言し、松岡清次郎および松岡茂も右証言と一致した証言をしている。これらの各証拠によれば、一株一〇〇円という本件株式の売買価格は昭和三八年一二月一〇日ごろ決定されたということになる。

しかしながら、成立に争いがない甲第五号証の一ないし九、証人堤直寛の証言により成立が認められる乙第一七号証の一、二、6の欄の堤直寛の署名押印部分の成立については争いがなく、その余の部分についてはその方式および趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるので真正な公文書と推定すべき同第一八号証に証人堤直寛の証言を総合すれば、昭和三八年一二月当時遠山元一の専属秘書をしていた堤直寛が遠山の日程をメモしていた手帳には、同月三日の欄に「4日栄上西社長」と記載されていること、そのほかには右手帳の同月一三日までの欄に日栄の上西社長に関する記載は全然なされていないこと、同月三日の欄の右記載につき、堤直寛は、多分同日午後四時に上西社長から遠山会長へ会いたいという電話があつたので書いたと思うと説明し、また、その日に上西社長と遠山会長が会つたかどうかははつきり記憶しておらず、その当時上西社長の顔はよく知つていたが、同社長はほとんど日興証券株式会社の本社へ訪ねて来たことはない旨述べていることが認められる。

遠山元一の専属秘書をしていた堤直寛が遠山の日程をメモしていた手帳の昭和三八年一二月三日の欄に「4日栄上西社長」と記載されていることは動かすことのできない客観的事実であり、この事実と堤直寛の右説明や上西康之および松岡清次郎の前記各証言等を合わせ考えれば、上西康之が遠山元一を訪ねて本件株式を含め松岡清次郎が支配していた高井証券の株式を一株あたり一〇〇円で買い取る旨の話がなされたのは同日、すなわち昭和三八年一二月三日であつたと考えるのが相当である。したがつて、この点に関する前記上西康之および松岡清次郎ならびに松岡茂の各証言は信用できないというべきである。

してみれば、松岡茂が原告に対し本件株式の代金二、五〇〇、〇〇〇円を支払い、原告の経理担当者である漆間健次が本件株式の株券を松岡清次郎のところへ持参した同月九日には、原告および松岡茂はすでに本件株式を一株あたり一〇〇円で売り渡すことができるようになつたことを十分承知していたものといわなければならない。

証人松岡茂の証言中、同人が本件株式の代金二、五〇〇、〇〇〇円を原告へ支払つた昭和三八年一二月九日当時、本件株式が一株あたり一〇〇円で売れるようになつたことは知らなかつたとの部分は、たやすく信用できない。

(4) 証人松岡茂の証言によれば、松岡茂は松岡清次郎の養子であり、かつ、同人の三女満喜子の夫であること、松岡清次郎にかかわる各社に勤務していたことが認められる。

ところで、松岡清次郎の定期預金や株式を担保に差し入れ、同人に保証人になつてもらつてまで松岡茂が住友銀行日比谷支店から融資を受けて本件株式を買い取つたことにつき、松岡茂および松岡清次郎は、当時松岡清次郎において高井証券の経営に乗り出そうと思つていた時であり、松岡茂や川住龍雄を重役として送りこもうと思い一所懸命やつてもらうために本件株式を含む高井証券の株式を同人らに買い取つてもらつた旨証言し、前記乙第一〇号証にもその旨の記載がなされている。しかしながら、成立に争いがない乙第一一および一三号証、弁論の全趣旨により成立が認められる同第九号証に証人松岡清次郎の証言ならびに弁論の全趣旨を総合すれば、松岡合資会社は、昭和三八年一二月七日川住龍雄に対し高井証券の株式七五六、〇〇〇株を売り渡す旨の契約をしたこと、松岡清次郎名義で所有していた高井証券の株式は八〇、〇〇〇株であること、高井証券の第三九期定時株主総会において改選されるべき役員の候補者中いわゆる松岡派に属するものは松岡清次郎と村野利平衛二人であり、村野利平衛名義の高井証券の株式は七〇、〇〇〇株あつたが、それは実質的には松岡合資会社の所有株式であり、前記七五六、〇〇〇株の一部として川住龍雄へ譲渡されたものであることが認められるところ、松岡清次郎がいかに川住龍雄を信頼していたにせよ七五六、〇〇〇株もの大量株式を譲渡したということは不自然であるのみならず、せつかく役員の候補者としてあげられている村野利平衛名義の株式まで川住龍雄へ譲渡したということは、その譲渡の時点(すなわち、昭和三八年一二月七日)においてすでに松岡清次郎は高井証券の経営を断念していたものと思われること、右乙第一一号証によれば、川住龍雄は昭和四〇年一〇月一五日付で被告あてに上申書を提出しているが、その中に本件株式を買い受けたのは投資の目的のためであるという趣旨が記載されていることが認められること、以上の点に照らし、本件株式を松岡茂へ譲渡したのは同人を高井証券の重役に送りこむためであるとの前記各証言等はたやすく信用できない。

(5) 前記乙第二六号証の二、三によれば、松岡茂が昭和三八年一二月九日住友銀行日比谷支店から本件株式等の代金支払いにあてるため一一、七五〇、〇〇〇円を借り受けるにあたつては、松岡清次郎から口添えがなされたこと、右借入金の弁済期限は昭和三九年一月となつていたことが認められ、短期間内に弁済されることが予測されていたものとみるのが相当である。

(6) 前記乙第二二号証に証人古川英郎の証言(第一、二回)を総合すれば、古川英郎は昭和四〇年二月ごろから昭和四一年五月ごろまで松岡合資会社へ勤務し、松岡清次郎の命令で関連会社である原告、大松興業合資会社、江東冷蔵製水株式会社等の経理の監査を担当していたが、昭和四二年一〇月六日東京国税局の係官に対し、「松岡清次郎は原告を始めその関連会社の印鑑を自ら保管し管理していた。もつとも、大松興業合資会社だけは経営を堀越きく子と保に任せていた。原告の代表者宮城章子は名目だけのロボツト代表者でその給料、賞与は全部松岡清次郎がとつていた。関連会社の名目上の役員の給料、賞与も全部松岡清次郎のものとなつており、その代り、各人の所得税確定申告の際に税金分を負担してやつていた。高井証券の株式の売買には松岡清次郎の不正工作があり、そのことは、同人が関連会社や使用名義保の印鑑を緑色の袋に入れて持ち歩いていること、高井証券の株式売却代金で買つた株式も同人が所持しており、ルーズリーフ式の株式台帳を作らせて各使用名義人別に売買の管理をしていることなどからいえる。名義人各人の実際の所有ならこのようなことはできないし、その必要はないはずである。法人税の調査が入つてからは、萃麗や弁護士事務所とかあちこちで工作のための会合をしていた。朝早く松岡茂が川住龍雄の家へ行つたりもしていた。更正処分を受けた後に、私は松岡清次郎に争つても勝てない旨を進言し、吉出税理士も勝てないといつていたのに、松岡清次郎はいい出したらきかない性質なので・・・・・。川住龍雄は内部の人間で松岡清次郎に名前を使用されたもので、実質は完全にロボツトです。」と述べていることが認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

(7) 以上(1)ないし(6)において述べたところを総合し、これに一般的にいえば株式を所有し配当を受ける場合には法人所有が有利であり(旧法人税法((昭和四〇年法律第三四号による改正前のもの))九条の六第一項)、株式を売却する場合には個人が所有していた方が原則として株式の譲渡所得が非課税とされている(旧所得税法((昭和四〇年法律第三三号による改正前のもの))六条六号)ところから課税面で優遇されるものであることを合わせ考えれば、原告は本件株式を一株あたり一〇〇円で山大不動産へ売却するにあたり、その中間に松岡茂を介在させることにより本件株式の売却益に対する課税を免れようとしたものと考えるのが相当である。すなわち、原告は本件株式の売却益に対する課税を免れようとして本件株式を一株あたり帳簿価格(額面)と同じ五〇円(本件株式の額面が五〇円であることは成立に争いがない乙第七号証によつて認められる。)で松岡茂に昭和三八年一一月六日に売り渡したように仮装し、同人から山大不動産へ一株あたり一〇〇円で売り渡させたものであつて、山大不動産に対する実質上の売主は原告であり、本件株式の売却益は原告に帰属したものと考えるのが相当である。

ところで、本件株式を含む高井証券の株式二三五、〇〇〇株を一株あたり一〇〇円で山大不動産へ売り渡すにあたつて支払つた手数料が二三、五〇〇円、有価証券取引税が三五、二一四円であることは前記(一)で認定したとおりであるから、本件株式にかかる譲渡経費(すなわち、手数料および有価証券取引税)を算出すれば次のとおり一二、四九二円となる。

<省略>

したがつて、本件株式の売却代金五、〇〇〇、〇〇〇円から帳簿価格二、五〇〇、〇〇〇円および譲渡経費一二、四九二円を差し引いた二、四八七、五〇八円が本件株式の売却益ということになる。

三  次に、松岡清次郎が原告の実質的な代表者であるといえるかどうかについて検討するに、前記乙第二二号証および同第二七号証に証人漆間健次、同古川英郎(第一回)および同宮城章子の各証言(ただし、いずれも後記信用しない部分を除く。)ならびに同松岡茂、同松岡清次郎および同坂本登の各証言を総合すれば、松岡清次郎は名義上は原告の少数株主にすぎないが、実際には全株式を支配し、原告の経営を管理し、古川英郎に命じて監査をやらせ、原告の経営していた新橋の翠麗という料亭へはほとんど毎日顔を出し、売上金を回収していつたこと、原告の成立当初から昭和四一年ごろまで代表取締役をしていた宮城章子はまつたくの名義上の代表取締役にすぎず、原告の経営についてはまつたく関与していないことが認められる。証人漆間健次、同古川英郎(第一回)および同宮城章子の各証言中右認定に反する部分は、前記他の証拠に照らし信用できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右認定の事実に前記二で認定したように原告は本件株式を山大不動産へ売却したのであるがその際原告の意思はもつぱら松岡清次郎によつて決められていたという事実を合わせ考えれば、松岡清次郎は原告の実質的な代表者としてその経営を管理していたものであるとみるのが相当である。

四  そこで、松岡清次郎が本件株式の売却益二、四八七、五〇八円およびその預金利息を昭和三九年六月までに費消したといえるかどうか、したがつて、原告が右金額を松岡清次郎に臨時的給与(賞与)として支給したものと認められるかどうかについて検討する。

前記乙第二二号証に証人松岡茂の証言および弁論の全旨を合わせ考えれば、本件株式の売却益をもつて松岡茂名義で株式が購入されたこと、右株式の実質上の所有者は松岡清次郎であり、同人は名義入別の株式台帳を作らせて株式の売買を管理するとともに、右株式の配当金を受領し、その代りに名義人のその分の所得税を負担してやつていたことが認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。また、本件株式を含む高井証券の株式二三五、〇〇〇株の売却代金二三、五〇〇、〇〇〇円から手数料二三、五〇〇円および有価証券取引税三五、二一四円を差し引いた二三、四四一、二八六円が昭和三八年一二月一三日日本信託銀行本店において松岡茂名義の通知預金として預け入れられたが、同月一八日解約されたこと、さらに同日右本店において右金額のうち一一、六九六、六三〇円が松岡茂名義の通知預金として預け入れられたが、同預金も昭和三九年六月一五日解約されたものであることは前記二(一)で認定したとおりであり、前記甲第四号証の一、二によれば、右各通知預金の利率は日歩七厘であることが認められるので、右各通知預金について右期間と利率で計算した利息が発生したであろうことは容易に推定することができるが、その利息を誰がいかなる用途のために費消したかを認定するに足りる証拠はない。

してみれば、本件株式の売却益二、四八七、五〇八円は松岡清次郎においてこれを費消したもの、したがつて、原告が右金額を松岡清次郎に臨時的給与(賞与)として支給したものと認められ、その時期も前記松岡茂名義の通知預金一一、六九六、六三〇円が解約された昭和三九年六月であるとみるのが相当であるが、これをこえて前記各通知預金の利息をも松岡清次郎において費消したもの、したがつて、原告が右利息を松岡清次郎に臨時的給与(賞与)として支給したものとは認められないというべきである。

五  以上のとおりであるから、本件源泉徹収決定処分は、原告が昭和三九年六月に松岡清次郎に対し本件株式の売却益二、四八七、五〇八円を臨時的給与(賞与)として支給したものとして計算した限度においては適法であるが、これをこえる部分については違法として取消しを免れない。

第四むすび

よつて、本件取消処分、本件再更正処分、本件重加算税決定処分および本件源泉徹収決定処分うち原告が昭和三九年六月に松岡清次郎に対し、二、四八七、五〇八円を臨時的給与(賞与)として支給したものとして計算した限度をこえる部分の取消しを求める原告の請求はいずれも理由があるのでこれらを認容することとし、原告のその余の請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高津環 裁判官 牧山市治 裁判官 上田豊三)

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